名和長年公戦没遺跡

名和長年(なわながとし)と聞いてどんな人物かピンと来る方はかなりの歴史通でいらっしゃると思います。私もたまたま東山堂のすぐ近くに史跡があったので、調べてみて初めて知りました。

名和長年がどのような人物だったか、史跡の銘文を引用します。「伯耆国名和(現在の鳥取県大山町)を拠点に海運業を行う豪族であったが、鎌倉幕府倒幕を計画して隠岐に配流されていた後醍醐天皇が島を脱出し、名和湊に上陸して以来、天皇の忠臣となった。船上山(同県琴浦町)において幕府討伐を図る後醍醐天皇を迎えて挙兵、幕府軍に勝利し、戦功をあげた長年は伯耆守に任ぜられ、帆掛け舟の家紋を与えられた。戦では、弓の名手だったと伝えられている。その後、建武の新政下において要職を担ったが、建武三年、武家政治の最高を呼びかけて挙兵した足利尊氏と戦い、当公園の地で討死を遂げたと伝えられている。」700年ほど前の人物ですが、今でも青々とした榊が供えられていて地元の方に大事に祀られていることがわかります。

西陣地区は誰もが知っていてガイドブックに必ず載るような有名な史跡は少なく、観光にいらっしゃる方もそれほど多くはありません。しかしゆっくり歩いてみると今回ご紹介したような史跡がそこここにあり、歴史ファンにはたまらないエリアではないかと思います。京都へお越しの際は西陣へ歴史探訪にいらしていただいて、東山堂へも是非お立ち寄りいただければと思います。